こあらの念仏日記

境界性パーソナリティー障害のことと明日の生き方を考えるブログ

共感も想像力もいらない?オープンな組織とは

働かせようと意識しなくても働いてしまう「想像力」

仕事で性格診断や適性診断を受ければいちばん上に出てくる「共感性」

 

これらがこんなにも邪魔だと思ったことはない。

 

 

転職してから、会社の雰囲気はガラッと変わった。

 

大手とベンチャーで違うのは、スピード感と伝え方。

相手のことが気になって、すぐに、はっきりと、発言できない私は、明らかにイライラされ、うまくいかない。

 

仕事ができないのを環境のせいにしたくないけど、前職でできていたことがいまできないのは環境のせいかもしれないとどうしても思ってしまう。

 

 

前職は会社の年齢層が高く、(ニコニコしながら目の奥で将棋を指してるような人は山のようにいたけれど)みんな優しく居心地のよい環境だった。

 

私がのびのびとしていられたのもその環境があったからで、自分の思ってることを素直に話せていた。

 

わたしの空想の話を意味わかんない!と言いながらも面白い!と興味を持ってくれる人が多く、その懐の大きさに浸かってのほほんとしている自分もいた。

 

突拍子もないことを言ったり、一般常識がなかったり、おっちょこちょいなところも、みんな面白がって認めてくれたし、逆にそういう部分を私の良いところだと言ってくれた。

 

 

だけど、いまの会社はそれら全部が許されない雰囲気がある。ひとりで完璧にこなせる無駄のない人が会社の求める理想像だ。

 

そうなると私は全方位身動きが取れず八方塞がりになってしまう。

 

ふざけたことを言ってケラケラ笑いあうコミュニケーションのやり方も、できないことをできないと言う正直さも、相手の懐に入る人懐こさも、全部何かの魔法で封印されているような感覚。

 

 

コミュニケーションの取り方も全然違くて、前職ではみんなはっきりモノを言いながらも相手を尊重する姿勢があった。

一旦認める。ダメなところを指摘しつつも次に向かわせる。そういう仕事の仕方だった。

 

だけど、いまはどうしても、攻撃されていると感じることが多い。

なんでもはっきりいうことが正しいのか。

自分を前に前に押し出して、周りの人間を蹴落として、自分ができることをアピールするのが正しいのか。

それが、健全な組織?

 

 

みんなが好き勝手モノを言える環境が必ずしもオープンな環境ではないと思う。

 

相手のこと、組織のことを考えずになんでもかんでも発言してしまうのは、ただ未成熟なだけだ。

 

相手を尊重して、自分の意見を押し込めず、ちゃんと議論して最適解を求められるのが、健全な組織でありオープンな組織なのではないか。

 

 

自分がありのままの自分でいられる環境って貴重。

転職して3ヶ月。失敗した。