こあらの念仏日記

明日どうやって生きるかを考えるブログ

このブログの特徴と目標

ちょこっと文章を書く仕事をしています。

いま書かせてもらっているのは、会社のメルマガや商品紹介みたいな、ほんの数百字の短い文章ばかりで、しかも会社の何かしらをアピールするものに限られます。

 

こういう仕事をしていると、「できるだけ簡単な言葉で、誰にでも理解できるわかりやすい文章を書きましょう」というのが文章を書くときの鉄則とされています。

編集の大先輩が書く文章を読むと、良い意味で淡々としていて無駄がなくて、何より「自分アピール」がないんです。

主張がなくてわかりやすい。それが本当に羨ましいです。

 

 

わかりやすい文章とは?

たぶん、自分を殺した文章のほうが誰にでもわかりやすいものになるのだと思います。

きっちりSEOやってマネタイズしているようなブログはどれもそうです。

表現の仕方は人それぞれで個性があるのだけど、自分の感情はなるべく殺して書いている人が多い印象を受けます。

 

感情というのはどこに行っても出しすぎるとうざくなります。

仕事をしていてもそうだけど、やるべき仕事に関して「社長がこう言ってるからこうしなきゃいけないよね。」とか「○○部がこうしているからうちは干渉しちゃいけない。」といったように、感情を軸にして業務に取り掛かると、その業務はすぐに混乱します。

 

感情に振り回されず、やるべきことを淡々と機械的にこなしていくのがいちばん楽だし、十分な情報量があれば、感情なんてない方が、受ける側からしてもわかりやすいのです。

 

だから仕事では「自分アピール」を極力控えて、淡々と読める文章を書かなきゃいけません。(できてないけど。)

 

私のブログの特徴

じゃあこのブログはどうでしょう?

 

昨日の深夜に号泣しながら書いた記事を朝になって読み返してみると、自分でも何を書いているのか訳が分かりません。

 

www.koara2015.com

 

訳が分からないのに、「私はこう思ってる!!」が強すぎて一回読み返すだけでものすごく疲れます。

 

だけど、思うがままにだーっと一気に書いた文章のほうが、自分のその瞬間の正直な気持ちであることも事実で。

ここまで頭の中がこんがらがってしまっているからしょうがないのかな。(という言い訳。)

  

言い訳が終わったところで何が言いたいのかというと、私は自分を表現するツールとしてこのブログを書いているということです。

 

私はこのブログで収益も得ていないので、ただ単純に、言葉にして話せない気持ちを書き出すために続けています。

だから、別にいまの書き方に問題はないとは思います。

 

だけど、反省点をあげると、一つは感情の出しすぎで重くてうざいこと。 

あと、整理して書いてるつもりがまったく整理できてないことです。

構成とかもほとんど考えてないし、わかりやすさよりも「自分を見て!!」アピールがすごい。

 

ただどうしても人を相手にすると言葉に詰まってしまう私にとって、ここに気持ちをぶつけられるのは救いなのです。

 

そういう意味で、私はこのブログを読ませるためではなく、自分のために、自分を表現する唯一の場所として使っているように思います。

 

ブログを書くうえでの目標

ブログを書く上での目標みたいのが実はあります。

いつだったか、人生の目標として「人の行動を変えられるような人になりたい。」と何かに書いていたことがありました。

それを思い出すと恥ずかしくてしょうがないんだけど、そんな人になりたい。

 

私がカウンセリングの記録を詳細につけているのは、自分の気持ちの整理と治療のためです。

だけど、あわよくば、カウンセリングに一歩踏み出せない人、だけど受けたらきっと良くなる可能性がある人に行動してもらえる何かのきっかけになったらいいな、という気持ちがあります。

 

もともと自分がカウンセリングに対していろいろな疑念を持っていたのは、カウンセリングがどんなことをするのか想像がつかないからでした。

カウンセリングはこういうものだとわかってもらうためには、会話の進む通りに書き留めていくのがいちばんだと思ったから、毎回カウンセリングルームを出た瞬間にダーッと話の構成をメモしています。

時間があるときは近くのカフェで一気に書き起こします。

 

これ実は結構大変。

でも、これが誰かのなにかのきっかけになれたらすごく嬉しいな、と思います。

 

 

 

だけど、自分がまだまだこんな状況なのだから、人様に何かご教示しますというのはおこがましい話で、これからも感情をぶつけすぎるうざい記事が多いと思うけどごめんなさい。

 

わかりにくくて何書いてるかわかんねーよ、と思われるかもしれないけど、自分を表現するツールとしてこのブログがあることが、とても幸せだなとも思うのです。