境界性パーソナリティ障害からの回復

境界性人格障害/境界性パーソナリティ障害の治療過程・回復記録

自分のほんとにしたいこと

ほんとにしたいこと

わたしは、自分のほんとにしたいことがずっとわかりませんでした。
 
わたしはいままで、誰かの何かの欲求を満たすために存在していて、
それは性の部分であったり、仕事であったりしました。
 
自分の本当にしたいことや自分の核は、何層ものフェイクに覆われていました。
 
私はいつだったか、自分のことを「カメレオン」と形容したことがあったけれど、我ながらうまく言ったもので、
私はさまざまな環境でパターン学習を繰り返してきて、いろんなパターンに対応できるカメレオンのような皮膚を手に入れました。
 
みんなは私のことを、誰とでも話せていいね。というけど、
それはその人のパターンに自分を合わせているだけで、その切り替えにはかなりの負担を感じています。
 
いつも無理している自分をなんとかかんとか
動かしているうちに、
だんだんと
体と心がずれているような気持ち悪さを感じるようになってきました。
 

本当の私

私じゃない。
これは私じゃない。そんな気持ち。
紛れもなく私なのだけど。
 
体と脳と心がばらばらになっていきそうでした。
私は強烈に私でいたくて、同時に私でいたくありませんでした。
 
本当の自分がほしくて、
自分の全部をひとつにぎゅーっと固めたいのに、
わたしは泥団子みたいにぱらぱらと崩れていって、
わたしは誰にも見てもらえない自分の粒を、一生懸命手ですくいあげながら生きてきました。
 

特別になりたい

輝きがほしかったのです。
みんなからの注目、熱いまなざし。
私は注目されたかった。

特別になりたかった。
 
私は学級委員やピアノを弾く係りに自分で立候補はしたことはなかったけれど、
推薦されると心の奥でガッツポーズを決めていました。
 
そうやって自意識だけは腹の底でむくむくと大きく育っていったけれど、
何をしても私は自信を得られませんでした。
みんなは私がいること、私の存在を当たり前のものとして受け取っていたし、

私は何をしても特別にはなれませんでした。

 

寂しい

核を囲んで勢力を増し暴走する自意識のせいで、友達は私の元をどんどん去っていきました。
何をしてもわかってもらえない。
自分でも自分のことがわからない。
 
本当は、私の核はもっと、何か違うんだよ。
何か違う。違う。違う。

本当は、本当は。


そうやってカオナシみたいにさびしい、さびしいと歩き回りました。

自分の本当の姿、本当の心がわかりませんでした。
 

自分のやりたいこと

自分の好きなことややりたいことがわからなければ、成功はないけど失敗もない。
傷つかない。
後悔しない。
 

熱がこもればこもるほど、

うまくいかなかった時の悲しさは大きくなります。

 

私が自分のやりたいことがわからないのは、

失った時のショックが怖いというのもありました。


ほんとに好きなことを人前に晒して、

人に評価されたとき、

だめだと言われるのが本当に恐ろしい。


だから、自分の好きなことは、

人に認められるものでないといけない。
人に評価されるものでないといけない。

 

そう考えることでさらに自分の中身は混乱していきました。

 

だけどほんとにしたいこと

だけどやっぱり、絵を描いたり、デザインするが好き。

28歳で何を言いだすの?

いまからプロになるのは難しい。

 

いろんな人に言われたけど、

やっぱり好きなことは続けていたいです。

自分の輪郭は濃くなり、はっきりとしてきました。

 

ぼわぼわしただいだらぼっちのようだったのが、

だんだんシャープになってきました。

いらないものを捨てるでもなく、ほしいものをむさぼるでもなく、

ただ自分の心を見つめる。

自分の心が赴くままに動く。

 

自分のためにしたいことと、

人に認められるためにしたいことが区別できるようになったのは、わたしにとって、とても大きなことです。

 

会社の人に認められたいからセミナーに行くんじゃない。

会社の人に役に立つ人材と思われたいから英語を勉強するんじゃない。

 

私がやりたいからデザインの勉強をするんです。

私の好きなことだから絵を見に行くんです。

 

それだけ。

 

そのシンプルさに気がつきました。