境界性パーソナリティ障害からの回復

境界性人格障害/境界性パーソナリティ障害の治療過程・回復記録

子どもの頃の家族・親戚との関係(大人は怖い)

叔母(母の姉)には、娘と息子がひとりずついる。

二人ともとても優秀で、ひとりは官僚、ひとりは教員として働いているらしい。

 

 

いとこと私の暗黙の上下関係

母方の祖母は、超学歴主義の人だった。

 

私が祖母の家に行くと、勉強を教えてもらいなさいと、いとこの部屋に追いやられ、

私は後々東大に進学するいとこが喋ることを、

1時間ほど上の空で聞いていた。

 

この人の書く字はすごく小さいなー。

この部屋の空気は陽だまりみたいにほんわかしてるなー。

 

その空気感と断片的な映像だけ、今でもありありと思い出せる。

だけど、私が彼に、何の勉強をどのように教えてもらっていたのかは、全く思い出せない。

 

 

いくつか年上だったいとこは、

学級委員長タイプのしっかり者の姉と、大人しい研究者タイプの弟の二人。

 

私が勉強を教えてもらっていたのは弟のほうで、

 

姉の方は、自己主張が強く、

教員になって数年後、ひとりで自分の車に乗って家に来て、

ボーナスで買ったという20万円のバックを嬉しそうに私の両親に見せていた。

 

白くて、小さくて、四角い、ゴールドのポイントが入ったバッグ。

全然私の趣味ではなかったのもあって、

20万円もったいないな、と思った。

 

いとこにまつわる記憶は、そのくらいしかない。

 

 

父方にもいとこが一人いるはずだけど、なぜか名前すら思い出せない。

結構年下の男の子だった。

 

自分の世界にのめりこむ私

その頃、私はたぶんコミュニケーションという概念をほとんど理解できていなくて、

目の前にあるものを把握する作業に夢中だった。

 

その瞬間のその空気、

登場人物の相関性、

発言や体の動きを、

頭の中で組み立てて、分子構造的なものに昇華することにただただ集中していた。

 

だから、ふと気付くと、さっきと全然違う話題になっていたり、

みんなが急に立ち上がって移動し始める理由がわからなかったり、

私はいつも、どうしても自分の世界に入り込んでしまって抜け出せなくなっているのだった。

 

 

私は3歳からピアノをやっていたのだけど、

週一回のレッスンの時は毎回、はっと気付いて顔を上げると、

レッスン時間の30分が終わっていた。

 

私は30分間、キーボードの音量を最小にして、

ずーっと“猫踏んじゃった”を弾いていたのだった。

 

いとこや親族、ピアノの先生は、そんな私を徹底的に無視した。

 

いや、もしかしたらみんな、一度くらいは私と絡もうとしてくれてたのかもしれない。

でも、当時の私は自分の世界から抜け出せなかったから、

そんな私を見て、みんなは私とコミュニケーションを取るのを諦めたのかもしれない。

 

でも、当時の私は、

私が自分だけの世界から、みんながいる世界に戻ってきた時、

みんなは私のことなんていないかのように振る舞っているように感じていた。

 

いとこの家に集まる子供4人のうち、

私以外はいつでも順番に、皆の話題の中心になっていた。

 

私だけが、まるで存在すらしていないかのように、誰の話題にものぼらなかった。

 

 

ピアノの先生は、いつでも私以外の二人の子の隣にいた。

先生はレッスンの最後に私の前に来て、“終わったよ”と声をかけるだけだった。

 

母と義母の不仲

母は、敷地内に同居している義母と犬猿の仲だった。

母親が家を飛び出したと思うと、

庭からおばあちゃんをヒステリックに怒鳴りつける母の声が聞こえた。

 

「勝手に花を切らないでください!」

「勝手に草を抜かないでください!雑草じゃありません!」

 

その時期、母は、のめり込むようにガーデニングにはまっていた。

 

大人って怖い

私は、大人の造形が恐ろしかった。

 

自分の何倍も大きな体。

地面から響くような笑い声。

ガラガラした声で話される方言。

 

親とお風呂に入る時も、

親の陰部に自分には無い毛が生えていたり、

母親の乳が弟の授乳用に大きく張ったり、

お風呂の時はしぼんで下を向いていたりすることが恐ろしかった。

 

両親は、私と弟を、必ず夜9時に2階の子供部屋に連れて行って寝かせ、

暗黙の了解で、その後両親が居る1階に行くことは許されなかった。

 

下に降りると怒られるとか、厳しく言いつけられていたわけではない。

ただ、毎日正確に9時に2階に運ばれることで、この先の両親の世界には絶対に介入してはいけないんだ、と察した。

 

私にとっては、そういう秘密の時間も怖かった。

 

もしかしたら、お父さんとお母さんは、

私たちが寝た後モンスターに変身しているんじゃないだろうか。

 

それを見られたくないから、自分たちを部屋に入れてくれないんじゃないだろうか。

そんな妄想が永遠に膨らみ続けた。

 

何にせよ、両親は私に隠し事をしている。

私に見られちゃいけないものがある。

秘密を抱えた恐ろしい造形の大人二人と暮らしていることが怖かった。

 

信頼できる大人がひとりもいない

そう思うと、子供の頃の私には、

心を許せる大人がひとりもいなかった。

 

大人は何をしゃべっているかわからない、

得体の知れない大きな生き物だった。

 

同級生の話を聞くようになって初めて、

いとこというのは友達のような存在なのだということを知った。

 

長い休みになったらいとことみんなで集まってワイワイ遊ぶ。

そんな話を聞いて、ひどくカルチャーショックを受けた。

 

私はずっと、いとこは先生のように、

気軽に話しかけちゃいけない人だと思っていた。

 

みんなが自然に手に入れて、普通に維持しているような親戚との人間関係を、私は一つも持っていなかった。

 

ましてや、親さえも理解しがたい存在で、恐れている部分があったから、私は心を許せる人が一人もできないまま大人になってしまった。