境界性パーソナリティ障害からの回復

境界性人格障害/境界性パーソナリティ障害の治療過程・回復記録

何にだってなれる、なんて嘘

私は、実力が伴わない自信の塊を持った夢見る少女を内面に抱えている。

そのせいで苦しい。

「私は何にだってなれる」なんていつまでも夢見てるのは辛いだけだっていう話。

 

 

蛙の子は蛙

子どもの人生は親の人生

結局のところ、社長の子供は社長、公務員の子供は公務員。お金持ちの子供はお金持ち。貧乏人の子供は貧乏人になる。

基本的に世の中ってそうできてる。

(もちろんイレギュラーはある。)

 

つまり、親の人生はそのまま子供の人生になる可能性が高いということ。

長年一緒に生活をしている人間の考え方や価値観がすりこまれるのは自然なことだと思う。

 

私がここまで断言する理由は、周りに親の職業や価値観を見事に踏襲している知り合いが多いのに加えて、自分の経験則があるから。

 

親と同じ大学に行って教師になる

私は大学に入るまで、何かしらの違和感を感じながらも、徹底的に敷かれたレールを追い求めてきた。

わけもなくそれが正しいと思って生きてきた。

 

だから、反抗期になって学校にも行かず、家にも帰らず、バイトと遊び場と友達の家のローテーションで過ごした期間、さらには彼氏に依存して躁鬱が酷くなり引きこもり状態だった期間でさえ、私は親が目指すべきと(言葉には出さないけれど)暗に示していた大学に行くのだと心の中で思っていた。

 

もちろん勉強は全く追いついていなくて、学力は急激に落ちていたのだけど、親に敷かれたレール。

この大学に行って、研究者か医者か教師になる、というレール。

 

それだけはずっと捨てる事なく大切に夢見続けていた。

 

挫折を認められないまま大人になる

だけどやっぱり、勉強もせず、躁鬱状態で過ごした2年間のハンデは大きくて、私は志望大学に行けなかった。

当時の私は嫌悪していた躁鬱を盾にして

「勉強してないんだから受かるわけない。これは私の実力じゃない。」

と自分を擁護した。

それからも、取り組んだことの結果が失敗だった時、努力の末の挫折・実力不足と素直に捉えることができず、何かしらの言い訳を作っては、自らの意思による単純な中断だと脳を騙し続けた。

 

はじめて感じた強烈な嫉妬

両親を悪く言うようで書くのをとても迷ったのだけれど、

私は小さい頃から親に「頭が良い」「天才」「誰よりも可愛い」とこっちが恥ずかしくなるような褒め言葉を散々浴びせられて育った。

 

「褒めて育てる」なんて本も出ているくらいだから、悪いことではないように聞こえるかもしれない。

 

だけど、「褒める」に、親の「嫉妬」が加わると、それは子供の心の育成に大きな歪みをもたらす。

 

 

私は幼い頃からピアノを習っていた。

 

小学校高学年くらいになるとだんだんと続けている子が減ってくる。

合唱コンクールや式典などでは、ピアノを弾ける子が伴奏をすることになっていたので、どこかでピアノを弾く機会が発生すると、自然とその役が自分にも回ってくるようになった。

 

ある年、私ともう一人ピアノを習っている子で、どちらが伴奏するかを先生の前でオーディションすることになった。

 

結果、その子が選ばれた。

 

家に帰って母親に報告したら急に悔しさが込み上げてきて、布団にくるまって大泣きした。

 

すると突然、母親がどこかに電話をかけ始めた。

 

布団に潜っていたので状況を見てはいなかったのだけど、恐る恐る聞き耳を立てていると、そのオーディションを行なった小学校の音楽の先生と話しているようだった。

 

だんだん話がエスカレートしていって、母はほぼヒステリックに怒鳴っているような状態になる。

「どんぐりの背比べってどう言う意味ですか?!一生懸命練習した子に対して、どんぐりの背比べなんて言い方できますか?!」

 

正規のピアノコンクールで落選しても泣くことのなかった私が、そこまで感情をあらわにしたことに驚いて、母も混乱したのだと思う。

もちろん、私のためにそこまでしてくれたことは理解できる。

 

だけど、以前から、オーディションに勝った子のことを、「ぶりっ子」「先生に贔屓されている」と言っていたので、理由はわからないけれど母がその子に何らかの嫉妬を感じていたのも確かだ。

 

そんなことも思い出して、

自分のせいでこんなことになってしまった。

自分が選ばれていればこんなことにならなかったのに。

そう思った。

 

相手の子のことを先生もお母さんも私より上だと認めていて、お母さんはそれが悔しくて、もちろん私も悔しいんだけど、現実問題私はあの子よりできない。

お母さんもお父さんも私がいちばんってずっと言ってたけど、そんなの嘘じゃん。

 

それは、はじめて他人に対して猛烈な嫉妬心を感じた経験だった。

嫉妬でおかしくなった母親の姿を見て、母の金切り声と、電話越しの聞こえないけど冷静に呆れて聞いているであろう先生の姿まで想像できて、嫉妬という感情がもたらす負のパワーの大きさに圧倒された。

 

同時に、わたしはこんなに強力な感情をコントロール出来るわけないとも思った。

 

何にだってなれるという幻想

戒めも込めて声を大にして言いたい。


「あなたは何にだって、なれない。」

 

現実を見るべき。

自分のレベルを知るべき。

自分の限界を知るべき。

 

私は自分の才能・学力・容姿・精神力について、現実を見る事を徹底的に拒否してきた。

現実が目に入っても受け入れられず、嫉妬の感情に負けてしまう。

現実逃避のために、実現不可能な理想をただただ夢見て、何もできない自分のままでいることがいちばん楽なのだ。

 

結局、ここでも蛙の子は蛙なのであって、人はどれだけ選択の自由を与えられたとしても、自分が持っているものに合った道を選ぶことしかできない。

自分が持っているものというのはつまり、生まれ育った過程ですりこまれた価値観とか、今まで培ってきた仕事や人間関係のスキルである。

だから、諦めるべきところを諦める。

そんな現実主義者にならなくてはいけない。


高く飛び立とうともがいて、レールの上空に広がるドーム上のバリアにぶつかって自分を傷付け続ける人生なんてもうやめたい。

 

人間は与えられた可能性の枠を超えることなんてできない。

 

自分は早く理想で固められた空想の自信の山を崩して、目の前の道を、ありのままの自分で進んでいかなければいけないのだと思う。