境界性人格障害からの回復

都内で編集の仕事をしています。28歳。2児の母。境界性パーソナリティ障害(BPD)、自閉スペクトラム症(ASD)、HSPの傾向があり、カウンセリングと心療内科に通いながら自分と向き合う日々。カウンセリングの過程をブログに書いています。

行政には頼れる。親と夫には頼れない。

Hatena

少し、周りに頼れるようになった。

 

子供達を守ることが出来るなら、行政に助けてもらう。

私はひとりでいたらこの子たちを虐待する。記憶が飛んでる間に殺してしまうかもしれない。

 

ずっと、自分を守ろうとしてきた。

まともな、正常な、素敵な母親に「見える」ことを最重要視していた。

 

だけど、そのプライドを捨てた。

私がどんなに危険人物認定されてもいい。

 

そう思えるようになったのは、自分の可哀想な面に気付いたからかもしれない。

親からの愛情が分からずに育ち、絶対になくならない帰る場所はなく、自分が必要な人間だと思えず、ずっと誰かに寄生していないとフワフワと消えてしまいそうになる。

 

そんな私が見栄と虚勢を張り、無駄なプライドを掲げ続けることで、自分をもっと苦しめて本当の孤独に近づけてしまうことがわかったからかもしれない。

 

私が本当に欲しいのは永遠に続く愛情。

絶対になくならない安心できる場所。

自分を必要としてくれる世界。

誰でもない自分への自信。

 

いつも不安に駆られている。

いつも、頼りない感じがする。

行政には頼れるようになった。

カウンセリングでもちゃんと話せた。

 

だけど、親と、夫には、

私を抱きしめてって頼めない。

私のことを見てって我儘を言えない。

 

いつかみんな私から離れていってしまう。

私が泣いたら、私が怒ったら、捨てられてしまう。

ちゃんとできない私はいらない。

怖い。

いつもわたしは、ひとりぼっちになってしまう。

 

離れないよ。ずっとそばにいるよ。

心からそう思われたい、言われたい。

本当の安心が欲しい。

絶対に消えない帰る場所が欲しい。

わたしの居場所が欲しい。

ふわふわ飛んでいきそうになるのを見ていないで、捕まえて欲しい。

私のことを見捨てないでほしい。

ひとりになりたくない。

怖い、怖い、怖い。

 

私が私のままでいても、嫌わないでいてくれる人がほしい。

でも、私のままの私って誰だろう?

自分のことが分からない。

人のことを信用できない。

 

 

娘に、「ママのいちばん仲いいお友達は誰?」って聞かれて、誰の名前も出てこなかった。

そういえば、自分の母親に聞いた時もそうだったなあ。

 

なんて可哀想な人なんだろう、と子供ながらに思っていた。

「自分のお母さんは、友達がいなくて可哀想。」

 

だけど、今の私は当時の母親と全く同じだ。

私は子供にあの頃の私みたいに可哀想という感 情を抱かせてしまったのかな。

 

なんで私の問題で子供を悩ませてるんだろう。ダメな母親。

 

「ママとあなたは違う人間なんだよ。」

 

いつも子供に言っているその言葉は、子供の頃の自分に言いたい言葉なのかもしれない。

私は、母親の人生を生きていない。母親の人生を踏襲する必要なんてない。

なのに、母親のたどってきた道をたどっているような気持ちになる。

 

母親と分離したい。

してるようでできてないかもしれない。

疲れたなあ。