境界性人格障害からの回復

都内で編集の仕事をしています。28歳。2児の母。境界性パーソナリティ障害(BPD)、自閉スペクトラム症(ASD)、HSPの傾向があり、カウンセリングと心療内科に通いながら自分と向き合う日々。カウンセリングの過程をブログに書いています。

カウンセリングの意味に気付く

Hatena

 

カウンセリングの状況

先日の心療内科受診の帰りにケースワーカーさんと話して、カウンセリングについて改めて考えました。
 
私は今、2週に1回心療内科に通院し、同じく2週に1回、自治体で行っているママ向けのグループカウンセリングを受けています。
どちらも、自治体のケースワーカーさんや保健師さんが紹介してくださったもので、ありがたい限りです。
 

「カウンセラー」が怖い

私は今まで、カウンセリングを受けることに対して恥ずかしさを感じていました。精神科医やカウンセラーという人種を常に警戒していました。「抵抗がある」を超えて完全に拒否していました。
 
まず、自分の気持ちや家族のことを包み隠さず他人に話すという行為を恥ずかしく感じるため、どうしても見栄を張ってしまいます。
お金がないとか、借金があるとか、子供を叩いてしまうとか、自傷行為をしてしまうとか、明らかに人としてダメな自分を赤の他人に見せるということが、どうしてもできませんでした。
3、4ヶ月前まで、私が事実や本心を話せる人はひとりもいませんでした。
 
また、精神科医、カウンセラーといえども人間です。
私の話を聞いて、「くだらない」「最低」「情けない」などという感情は自然に湧き上がってくると思います。もちろん診察中、私に向けてそんなのはおくびにも出さないだろうけど、絶対にそう思っているんだろうなと考えると、やはり何も話したくないという気持ちになります。
 

「本心を人に話す」という初めての経験

でも、そうやって外に出せずに押さえ込んで溜めてきた感情が爆発してしまったのをきっかけに、本当に悩んだ時だけは素直な言葉が出せるようになってきたかもしれません。
 
ケースワーカーさんに勧められていた心療内科受診をずっと拒否していた理由は、行っても正直に話せないから意味がないというのと、自分が話すことが事実であっても嘘であっても、誰かに話すことでそれが本当だと自分に暗示をかけてしまい、ますます現実との乖離が大きくなって混乱してしまうんじゃないかという不安があったためです。
 
そんな私が心療内科への通院を始めたのは、このまま過去や本当の自分を押さえ込んで生きていたら自分が壊れる気がしたし、何より、そんな母親を見て育つ子供達のことがとても心配になったからです。
 
自然体で居られることと、ありのままの悩みを人に打ち明けることが出来るというのは、生きていく上ですごく大切な事だと思います。
子供達が楽に生きていくためにも、私が今の私をどうにかしないといけないと思ったのです。
 
でも実際のところ、心療内科ではまだ「思いをぶつける」というところまでは行けずにいます。
本当にうつ状態が酷く、「どうしました?」と聞かれるだけで涙が止まらなくなるような時は、ある程度事実に近い話が出来ているのだと思いますが、気分の落ち込みがそこまで酷くない時は、暗い事を人に話したくないという気持ちが先行して、メモを持って行っても何も言えずに終わってしまいます。
 
私が通っている心療内科の主治医の先生は、黙って話を聞くというより、どうしようかな〜?と話をしながら様子を見る方なので、言いたいけどどうしよう…と迷っているうちに診察がどんどん進んでいってしまう感じがあります。
 
そんな私ですが、診察で話すために、自分が何で悩んでいるのか何が不安なのかをじっくり考えてみたり、グループカウンセリングで周りの方のお話を聞いたりしているうちに、自然と感情の本体が湧き上がってくることもあります。
それは、過去のとても嫌だった思い出だったり、悔しかったことだったり、消し去りたいような恥ずかしい過去であったり色々です。
 
喋っている時や、湧き出た感情をノートに殴り書きしている時は、頭の中はぐちゃぐちゃです。
話になんの脈略もなく、途中で何を喋っているのかわからなくなることも多々あります。
そして、毎回涙が止まらなくなります。
いろんな思いが出てきて、あれも嫌これも嫌、という状態で大混乱しています。
 

感情の根っこ

今まで「たまにすごく落ち込んでしまうことがある、人当たりのいい明るい人」だと思っていた自分が、ここまで深い負の感情をもっていること、そして掘っても掘っても底が見えないほどの根深さに驚きました。
 
そして、いつの間にか、自分で整理しているつもりはないのにまとまってくる気持ちがありました。
 
今までの自分の経歴(学歴、職歴、趣味の成果、容姿等)に抱くコンプレックス。
それを乗り越えて周りの人を見返したい。
 
という気持ちです。
 
何をしても全て人並み。すぐに諦め、描いた夢を叶えられたことは一度もない。長く続けたものも結果には繋がらず、長所も特技も特徴も何もない私。
私は、そんな自分が大嫌いで、恥ずかしくて、惨めで、自信がない。
 
だけど、いつか結果を出して周りを見返したい
というより、周囲に評価されることで安心したい
私に価値があるというのなら、それを教えてほしい
 
そんな気持ちが、不安や焦りに繋がっているのだということが、なんとなくわかってきました。
 
その場、その瞬間は、全く意味がないと感じていたカウンセリングですが、心の奥でぐちゃぐちゃに絡まったまま封じ込められていた気持ちを、一本一本真っ直ぐ伸ばしていく感覚が少し経験しました。
 

記憶喪失

今は、生まれ育った家庭のことを思い出したいのですが、全然思い出せずにいます。
 
今日ケースワーカーさんと話した時、「生まれ育った環境や親からは絶対に大きな影響を受けているんだよ。」と言われました。
だけど私は、「とても優しくて良い親の元で、健全な家庭で育った。」と思っています。
でも実際のところ私は、登校拒否や自分の家庭内暴力、精神の不安定さに常に悩んでいたし、実弟も、登校拒否の後引きこもって数年経ちます。
 
それでも親のせいにはしたくないし、できない。
自分の性格が問題だったと思っている。
 
家庭の悩みや不満が全然思い出せないのです。
思い出せないのは、気持ちをずっと押さえ込んできてしまったからだよ。」と言われました。だけど、もしそれが本当だったとしたら、私が過去のことを思い出してしまった時、私がいま心療内科に通わざるを得ない状況に陥っていることが親のせいになってしまうじゃないか。
 
親に責任転嫁したところで何が変わる?
私に何のメリットがある?
ここまで育ててくれた親を悪者にして自分が幸せになるなんていう親不孝ある?
 
そんな思いがあります。
 
まだ整理していかなければならないことが数え切れないほどあるのだと思いますが、カウンセリングの意味が少し分かってきた気がします。
それは、表面上の不安や焦りとして現れる行動の奥に隠れている、「不安の正体」を見つけ出す作業です。
 
 
 
前回の受診で主治医の先生が
あなたの子供はきっと良い子になるよ。
 あなたは今こんなに頑張って、辛い思いをしているんだから。」
と言ってくださいました。
 
その言葉は私にとってすごく励みになりました。
もっと自分と向き合っていきたいと思います。