境界性パーソナリティ障害からの回復

境界性人格障害/境界性パーソナリティ障害の治療過程・回復記録

カウンセリングの意味

私は今、隔週で心療内科に通院し、

同じく隔週で、自治体が行っているママ向けのグループカウンセリングを受けています。

どちらも、自治体のケースワーカーさんや保健師さんが紹介してくださったものです。

 

先日、心療内科の4回目の受診に行きました。

 

www.koara2015.com

 

今回、心療内科受診の帰りに、同行してくださった育児支援センターのケースワーカーさんと話し、カウンセリングに通う意味を改めて考えました。

 

 

心療内科・カウンセリングに行きたくない理由

私は今まで、カウンセリングを受けることに対して恥ずかしさを感じていました。

「精神科医」や「カウンセラー」という人種を警戒していました。

 

「抵抗がある」を超えて完全に「拒否」でした。

 

その理由の一つは、自分の気持ちや家族のことを包み隠さず他人に話すという行為を恥ずかしく感じていたからです。

 

お金がないとか、

借金があるとか、

子供を叩いてしまうとか、

自傷行為をしてしまうとか、

明らかに人としてダメな自分を赤の他人に見せるということが恥ずかしく、見栄を張って嘘をついてしまいます。

 

行っても正直に話せないから意味がないと思っていたし、

自分が話すことが事実であっても嘘であっても、誰かに話すことでそれが本当だと自分に暗示をかけてしまい、ますます現実との乖離が大きくなって混乱してしまうんじゃないかという不安もありました。

 

もう一つの理由は、精神科医やカウンセラーに馬鹿にされるのが悔しいからです。

 

医者やカウンセラーといえどもただの人間。

 

私の話を聞いて、

「くだらない」「最低」「情けない」などという感情は自然に湧き上がってくると思います。

 

もちろん診察中、私に向けてそんな感情はおくびにも出さないだろうけど、絶対にそう思っているんだろうなと考えると、やはり怖くなって、何も話せなくなります。

 

それでも心療内科に行くことを決めた理由

外に出せずに押さえ込んで溜めてきた感情を子どもに向けて爆発させてしまったのがきっかけでした。

 

このまま自分の過去や本当の自分を押さえ込んで生きていたら自分が壊れる気がしたし、

何より、そんな母親を見て育つ子どもたちのことがとても心配になりました。

 

自然体でいられること、ありのままの自分を人に開け放つことができることは、生きていく上でとても重要です。

 

子どもたちの前でも見栄っ張りで嘘つきで、苦しさで膨張しそうな母親でいるのをもうやめたい。

子どもたちが楽に生きていくためにも、私が今の私をどうにかしないといけないと思い、心療内科の受診を決めました。

 

「本心を人に話す」という初めての経験

 私は、3、4ヶ月前まで、事実や本心を話せる人がひとりもいませんでした。

 

正直なところ、心療内科ではまだ「思いをぶつける」ところまではいけずにいます。

気分の落ち込みがそこまで酷くない時は、恥ずかしいことを話したくないという気持ちが先行して、メモを持っていっても何も言えずに終わってしまうこともあります。

 

でも、うつ状態がひどく、「どうしました?」と聞かれるだけで涙が止まらなくなるような時は、ある程度事実に近い話が出来ています。

本当に悩んだ時だけは素直な言葉が出せるようになってきました。

 

湧き上がってくる感情に気付く

診察で話すために、自分の悩み・不安をじっくり考えてみたり、

グループカウンセリングで周りの方のお話を聞いたりしているうちに、自然と感情の本体が湧き上がってくることに気付く瞬間がありました。

 

それは、過去のとても嫌だった思い出だったり、悔しかったことだったり、消し去りたいくらいに恥ずかしい過去であったり色々です。

 

喋っている時や湧き出た感情をノートに殴り書いている時は、頭の中はぐちゃぐちゃで、書き出すもの・話すことにはなんの脈略もなく、途中で自分が何を喋っているのかわからなくなることも多々あります。

 

そして、毎回涙が止まらなくなります。

いろんな思いが出てきて、あれも嫌これも嫌、という状態で大混乱しています。

 

だけど、いままではその感情に気付くことすらできませんでした。

そんな感情を自分が持っているなんて知りませんでした。

 

感情の根っこ

今まで「たまにすごく落ち込んでしまうことがある、人当たりのいい明るい人」だと思っていた自分が、ここまで深い負の感情をもっていること、そしてその感情の掘っても掘っても底が見えないほどの根深さに驚きました。

 

そして、いつの間にか、自然とまとまってくる気持ちがありました。

 

それは、今までの自分の経歴(学歴・職歴、趣味の成果、容姿)に抱くコンプレックスです。

それを乗り越えて周りの人を見返したいという気持ち。

 

私は何をさせても全て人並み。

やりはじめてもすぐに諦め、描いた夢を叶えられたことは一度もない。

長く続けたものも結果には繋がらず、

長所も特技も特徴も何もない私。

 

私は、そんな自分が大嫌いで、

恥ずかしくて、惨めで、自信がありません。

 

だけど、いつか結果を出して周りを見返したい。

周囲に評価されることで安心したい。

私に価値があるというのなら、それを教えてほしい

 

そんな気持ちが、不安や焦りに繋がっているのだということが、なんとなくわかってきました。

 

その場、その瞬間は、全く意味がないと感じていたカウンセリングですが、心の奥でぐちゃぐちゃに絡まったまま封じ込められていた気持ちを、一本一本真っ直ぐ伸ばしていく感覚が少しわかりました。

 

記憶喪失

生まれ育った家庭のことを思い出したいのですが、全然思い出せません。

 

今日、受診に同行してくださった自治体のケースワーカーさんと話した時、「生まれ育った環境や親からは絶対に大きな影響を受けているんだよ。」と言われました。

だけど私は、「とても優しくて良い親の元で、健全に育った。」と思っています。

 

でも実際のところ、私は、登校拒否や自分の家庭内暴力、精神の不安定さに常に悩んでいたし、実弟も、登校拒否の後、自室に引きこもって数年経ちます。

 

その事実があっても、親のせいにはしたくないし、できない。

自分の性格が問題だったと思う。

自分のせいだし、自分の責任だと思う。

 

家庭の悩みや不満を思い出せないのは、自分の気持ちをずっと押さえ込んできてしまったからだよ。」とケースワーカーさんに言われました。

だけど、もしそれが本当だったとしたら、私が過去のことを思い出してしまった時、私がいま心療内科に通わざるを得ない状況に陥っていることが親のせいになってしまう。

 

親に責任転嫁したところで何が変わる?

私に何のメリットがある?

ここまで育ててくれた親を悪者にして自分が幸せになるなんていう親不孝ある?

 

そんな思いがあります。

 

まだ整理していかなければならないことが数え切れないほどあるのだと思いますが、カウンセリングの意味が少し分かってきた気がします。

 

カウンセリングの意味。

それは、表面上の不安の奥に隠れている「不安の正体」を見つけ出す作業です。

 

 

 

追記

前回の受診で主治医の先生が

「あなたの子供はきっと良い子になるよ。

 あなたは今こんなに頑張って、辛い思いをしているんだから。」

と言ってくださいました。

 

その言葉は私にとってすごく励みになりました。

もっと自分と向き合っていきたいと思います。